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投稿日時:2012年01月28日 11:27
木村乃です。
人口約1,380人の山村・群馬県上野村。
一昨日、「上野村の魅力発信から経済を生む」という演題で講演をしてきた。
聴講してくださった旧知の住民の方から「今までの方(講師)はよその地域の成功事例ばかり。自分の実績自慢だった。しかし木村様は上野村へのアドバイスがあって良かった。」と感想メッセージをくださった。
嬉しいと同時に、??という思いが生じた。
こういう講演会というのは全国各地でやたらとたくさん行われていると思うが、そのうちどれほどが役にたっているんだろうか。
わずか2時間程度の講演。できることはほんのわずかしかない。さらっとお話しても知識情報や技術(スキル・ノウハウ)は素通りしていくだけだと思う。2日間の研修とかだった同じようなものだ。
では何を成果とすればいいか?
僕は「知的な刺激」だと思う。
「ああ、そういうこともできるんだ」とか「考え方ひとつなんだ」とか。
そういう刺激を提供できれば成功だと思う。
よその地域の成功事例や自分の自慢話では刺激は得られまい。
これからも気をつけてお話していこうと思う。
投稿日時:2012年01月28日 10:21
木村乃です。
津波で共同体の「空間」は消えてしまったけど、共同体の「記憶」と「つながり」は確実に残っている。
今はあちらこちらの仮設住宅や民間賃貸住宅に分かれて暮らしているけど、いつかは「記憶」と「つながり」を共有する人々とともに暮らせる日が来ることを願っていると聞いた。
被災地区では区画整理で空間再生をしようとしているようだが、彼らの「記憶」と「つながり」をもとにした共同体の再生をしてほしい。
間違っても、都市計画家やディベロッパー主導の“未来型”実験都市なんかにしてほしくはない。
だから、そのときまで「記憶」と「つながり」を維持し、蓄積し、いつでも再生に迎えるようにそのエネルギーを高めておくことが必要だと思う。
被災者ではない僕がこんなことを言うことには多少の躊躇があるが、地元の方のお話をうかがっているとそんなふうに思ってしまうのである。
善き未来は過去へノスタルジーからしか生まれない。僕はそう信じている。
投稿日時:2012年01月28日 10:20
木村乃です。
「旅」のほとんどは「観光」ではない。
それは、里帰りして家族と団欒したり旧友と親交を深めたり、温泉に入ったり、スキーに行ったり、温泉に入って癒されたり、ご当地の郷土料理をいただいたり。多種多少な「旅」がある。
「旅」の一形態にすぎない「観光」と言えるものはかなり限られている。
世界遺産級の名所旧跡、自然、神社仏閣。
これらは風景そのもの、自然地形や植生そのもの、建造物、仏像・宝物そのものに文化財としての希少な価値があるから観光の対象になりうる。
しかし、そういう意味での「希少な価値」をもっているまちはほとんどない。
それなのに、どこのまちにも「観光振興」という政策がある。観光協会がある。観光振興課とか商工観光課とかがある。
だから間違える。勘違いする。
勘違いして、地元の人が郷愁や愛着を感じてもいない名所旧跡、自然、神社仏閣に「観光客」を連れて行こうとする。これでは来てくれるわけがない。「旅」に誘うことなら、いろんなことができるはずなのに。「旅人」を迎えると思えば、旅館やホテルだけでなく、まちに暮らし、働く人々が「旅人」へのおもてなしに参加できるのに。
投稿日時:2012年01月17日 15:33
「NPO法人遠野山・里・暮らしネットワーク」で活動されている菊池新一さんから届いたメッセージです。
東日本大震災の発災から10か月。“復興”と並行して“震災”はまだまだ続いています。
ぜひ、以下のメッセージをご一読いただき、被災地の方々の「仕事づくり」にご協力ください!
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大阪の㈱福市、高島屋さんとの連携で、ニット製品を手編みでつくりそれを販売する山里ネットが被災者とお繋ぎする「EAST LOOP」プロジェクトは既に売り上げが1千万円を超えました。
被災者の女性を中心に120人ぐらいのメンバーになりました。宮城県から宮古市まで沿岸各地、遠野に避難している被災者等地域は広範に参加しています。今後ますますメンバーが増えそうです。
ここにきて販売先が細ってきています。年末には私も給料日と言うことで、仮設をまわりお一人お一人袋に入れた「給料」を渡してきました。多い人は1月15万円ぐらいになる人もおり、一家を支える収入になっています。
本来は魚の加工施設で働きたい思いの女性の皆さんです。再開するまでのつなぎとして大事な取組みと思っています。
「被災の気がまぎれる」「仕事への意欲がわいてきた」「家計費として大変助かっている」「自分の好きな時間に好きなだけやれるのがよい」
<皆さまにお願い>
是非 「EAST LOOP」のブローチお買い求めいただけませんでしょうか。もちろんボランティアで直接の支援、物資の支援も大切ですが、つくったものから得たお金で自分で地域のお店から買い物をすることは復興に大きな力となります。
よろしくお願いします。
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EAST LOOPプロジェクトのサイト http://www.east-loop.jp/index.php
EAST LOOPプロジェクトの資料 east_loop_project
投稿日時:2012年01月16日 14:56
木村乃です。
「ビズマガ」Vol.38(2011.12.20発行)の「ビズワード」として「文化と文化財」について、私の見解を述べました。
すると、弊社公式ブログに桝井喜孝さんがコメントをくださいました。
桝井さんは「ビズマガ連動対談 世遊名人」の第3回にご登場いただいた方です。
(有)ミュージアム工学研究所の代表取締役をなさっておられ、元・学芸員でいらっしゃいます。「文化」や「文化財」に関するプロフェッショナルでいらっしゃいます。
その桝井さんが、このたび「『文化と文化財』その後」と題する素敵な小論を寄稿してくださいました。
以下にご紹介いたしますので、ぜひご一読ください。
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先月の当ビズマガ誌上に於いて、「文化とは人びとの暮しぶりである」という私の解釈をコメントさせて頂いた。その際、もう一方の「文化財」については触れなかったが、今回、機会をいただいたので、その後という事で引き続き述べさせて頂く。
因に、「様式」とする木村氏の解釈については、「暮しぶり」の中の「あるまとまりであり、共通項である」と理解している。
それでは、「文化財」をどう理解しているのかというと、人びとの「暮しぶり」の結果としての「痕跡」、あるいは、もっと平易に「蝉のぬけ殻のようなもの」と考えている。ただ、「ぬけ殻」と表現すると、何か脱ぎ捨てた要らない物の様に感じられるかもしれないが、決してそうではない。蝉の幼虫が土の中で成長して成虫になり、その「暮しぶり」の結果として「脱け殻」が残ったものであり、その「痕跡」が形となった姿である。また、「暮しぶり」という言葉を、単に身の回りの生活として限定的に捉えるのではなく、人びとの「様々な活動」を平易に「暮しぶり」と表現した訳であり、創造的な活動も人びとの「暮しぶり」だと言える。
つまり、「文化財」とはそういった人びとの活動の結果として残された「痕跡」であり、「文化=暮しぶり=活動=コト」に対する「文化財=痕跡=結果=モノ」と言う事ができる。(無形文化財という表現には違和感を覚えるが、それは別の機会に。)
また、「文化財」と言えば、「貴重なもの」と言う捉え方がされるが、その多くは、「希少価値」が評価基準になっている様に思うが、私は、さらに「文化財」に内在している「情報価値」にも注目したい。
例えば、博物館の活動にはなぜ「保存」という機能があるのか考えてみよう。
博物館で展示あるいは保存されている「文化財」等は、貴重なもの(希少性)ばかりではなく、調査・研究対象ともなっており、内在している情報を読み、その「文化財」の新たな価値を創造する為の研究対象でもある。つまり、「情報価値」を後世(未来)に引き継ぐ為に保存機能が存在している訳であり、博物館は、単なる「文化財の倉庫」ではないのである。先に述べた様に、「文化=暮しぶり=活動=コト」と「文化財=痕跡=結果=モノ」との関係性を見てゆくと、文化施設にもこの定義が当てはまる。
こころ豊かな生活、文化溢れる社会と言うのは、それを行なう人びとの活動を豊かにしてゆく投資や環境づくりこそが大切であり、その中から後世に引き継ぐべき有形、無形の「文化財」が生まれる。「文化と文化財」という視点から、今一度、「ハコモノ」行政を考えてゆくと、これまでと違った結論が出てくる様に思われるが、読者諸氏はどのように考えられるだろうか・・・・。
投稿日時:2011年12月20日 13:46
木村乃です。
「文化」ってなんでしょうか。僕は今から約10年前に、かつての上司でもあった野村総研(当時)の草野恵一氏の講演を聴いたとき、その答を得た。文化とは共通の様式のことである。僕はこれをアレンジして、「地域の『文化』とは、その地域において現在営まれている共通の生活様式のことをいう。」と定義し、まちづくりに取り組んでいる。
これと似て非なる概念として「文化財」がある。僕はこれを、過去の「文化」であって現在の営みと切り離されたものだと捉えている。したがって「文化財」は非日常の存在であり、また親しみや愛着を感じられることなく存在している。学術的価値は高かろうし、一部のマニアには堪らない魅力を感じるだろうが、一般の生活者にとってはさほど関心を持てるものではない。
僕は近年、地域ブランディングというテーマで講演をすることが多いのだか、そういうとき受講生から「うちのまちには魅力的な資源は何もない」といった声を頻繁に耳にする。そういうまちの観光パンフレットをみると、確かに面白くない。なぜそうなってしまうのかというと、農水産物以外の観光資源といえば「文化財」のことだという思い込みがあるからだろう。神社仏閣、名勝、旧跡。だから、聞いたこともないような無名の「文化財」をパンフレットに羅列している。そんなものに誰も興味は持たない。無名であっても、地元住民が日常的に祈りを捧げたり、散歩に行って堪能したりしていれば、それは「文化」である。その場合に紹介すべき情報は、人々の営みそのもの(=文化)であって、「文化財」としての価値ではない。
「文化財」ではなく「文化」ということにこだわれば、「何もないまち」はありえない。「文化財」だって、知恵を出しあってその存在を日常に取り戻せばもう一度「文化」として再生される。人が集まってそこに暮らしている以上、共通の生活様式は必ずある。ただ、それが地元の人々にとってあたりまえにすぎて、注目することがないために認識できていないだけだ。
地域ブランディングの第一歩は、地域の「文化」を今一度探索することだ。よそのまちの人の目を通して、自らの日常を改めて点検することである。そうした地道な作業を通じてこそ、持続力のあるブランディングが可能となる。
投稿日時:2011年11月29日 11:04
木村 乃です。
平成24年1月19日~20日の2日間。一般社団法人日本経営協会(NOMA)主催の「地域ブランディング戦略講座」が開催されます。講師は僕。自治体の経営企画課、行政経営課、企画政策課、商工観光課、産業振興課、NPO、商工会・商工会議所、農協・生協、学校法人などの担当者の方々を対象にした実践的な研修です。
今回の研修では、明治大学商学部と三浦市が協働で設置・運営をしている商学実践店舗「なごみま鮮果」の現場スタッフ(学生)との意見交換や、東京都立川市のケーススタディを予定しています。
有名な観光地や成功事例ではなく、あえて「地域ブランディング」が難しそうな都市(なじみにくそうな都市)として立川市様にご協力いただくことになっています。
昨年には同じような趣旨で神奈川県綾瀬市のケーススタディを行いましたが、たいへん素晴らしい演習ができました。このことは、「地域ブランディング」が難しそう(なじみにくそう)な都市であっても、ちょっとした視点の持ち方によって、十分にブランディングが企画できるということを証明した成果となりました。受講者の皆さんにも大変好評でした。
来年1月に実施する研修にも大いに期待していただきたいと思います。
詳しくは下記、URLをご参照ください。
http://bit.ly/tImfR8
投稿日時:2011年11月23日 23:43
木村乃です。
11/20放送の「新報道2001」で、福島県の復興計画のあり方についてコメントをしました。県が復興計画を策定しようとしていることを批判するつもりは毛頭ありません。そうではなく、このような現状において自治体に復興計画を策定させようとしている政府の無責任さを問題にしています。以下、僕の見解です。放送ではかいつまんで編集していただきました。編集は的確でした。担当のKディレクターには感謝しています。
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震災によって、地域づくりにおける共同体(コミュニティ)の重要性を思い知らされた。
地域づくりというのは、共同体をどのように描くかということにほかならない。共同体は人と、人々が培ってきた文化によってかたちづくられるものである。「経済」の語源オイコノミコスとは「共同体のあり方」のこと。復興すべきなのは「共同体」なのであって、「まち」ではない。
どのような地域づくりの構想も計画も、人を中心に描かなければ意味がない。人間本位、住民本位と言ってもいい。
しかし、政府、行政、あるいは企業は、ともすれば地域づくりの構想や計画を、「空間」を中心に描く傾向がある。空間本位と言ってもいい。
都市計画というものが、空間計画、ハード計画とその運用システムに偏っているのがその証拠である。ところが、そもそも都市計画とはそういうものではない。関東大震災後の都復興院総裁である後藤新平は、コミュニティ、共同体のあり方、地域文化というものに強い問題意識を持ち、江戸における共同体研究までも行っている。近代日本都市計画の父とも言われる石川栄耀は「社会に対する愛情、これを都市計画という」と言っている。この石川栄耀もまた東京都の戦災復興都市計画を担当している。関東大震災、さきの戦災からの復興をリードした後藤、石川がともに「社会に対する愛」、「共同体」を中心に据えた計画を策定したことは注目すべき事実である。
一方、時代の趨勢は本格的な地方自治の時代に入ろうとしているところである。それは住民自治の確立にほかならない。住民の発意と責任感を伴わない地域づくりの計画は、たとえ策定ができたとしても機能しない。人がどこに住み、どのような暮らしをし、どのような共同体をかたちづくり、そして運用していくのが望ましいか、という論点を中心に据えずして機能的な復興計画は策定しえない。そのためには、まず「どこに住むことができるのか」、「いつから住むことができるのか」を前提条件として確定させることが必要である。しかも、その確定には私権の制約を伴うことも多分にありうる。したがって法的根拠が必要となる。さらに、インフラ整備も必要であり、大がかりな財源を要する。そう考えると、「どこに住むことができるのか」、「いつから住むことができるのか」という前提条件を、責任をもって提示しうるのは国会・政府でしかありえない。
とりわけ放射能汚染地域と三陸沿岸部については、その前提条件を示すことなしに、復興計画はありえない。日本には伝統的な共同体のしくみとして「結(ゆい)」や「講(こう)」がある。東北においては特にそのような共同体が強く根ざしている。政府が、被災地の「空間」だけではなく、「人」と「共同体」にしっかりと着目した構想を描き、「どこに住むことができるのか」、「いつから住むことができるのか」を示すという責任を果たせていないことが、各自治体における復興の機運と復興計画づくりの進捗を妨げていると言わざるを得ない。
投稿日時:2011年11月22日 10:03
木村乃です。
先日(11/18)、名取市役所で「震災に向けた市役所機構改革」をテーマとする講演のため宮城県名取市に出掛けてきた。名取市は名取川を挟んで仙台市に南接する7万人都市。その北東部に位置する閖上(ゆりあげ)地区は約5,000人が暮らす共同体意識の強いまちだった。この閖上のまちが3月11日に壊滅した。亡くなった方は900人以上にのぼるという。地震発生から津波、そして翌日までの様子が、地元住民であった小斎誠進氏の手になる「“その時、閖上は”」という写真集に克明に記録保存されている。
僕も、閖上地区にご案内いただいた。名取市役所のKさんにガイドしていただいたのだが、視察の途中でKさんご自身がこのまちに暮らしていた被災者であることを知った。かつて人工的に造成されたという日和山という丘にのぼり、まちを一望したとき、僕は言葉を失った。ここに5,000人のまちがあったとは信じられなかった。現在の様子からは全く想像できなかったのだ。「想像を絶する」という言葉を初めて実感した。
東京圏に暮らしている僕たちにとって、震災はもはや過去のこととなりつつある。原発問題の影に隠れてしまっていると言ってもいいだろう。僕自身、9月に気仙沼方面にガレキ処理のボランティアに出かけ被災現地を見てきた。一度だけとはいえ、この身体で被災の実態を感じてきたつもりだった。しかし、僕の日常はどうだろう。もはや過去の出来事としてしまってはいないだろうか。
まして、名取市の被災実態は大きく報道されてはいない。地元の方々の努力により、ガレキ撤去等の復旧作業が迅速に進んだがゆえに、役場自体が孤立してしまったような他の被災地のように注目されることもなかった。少なくとも東京圏で報道からその地名を目に、耳にすることはない。まだ震災は現在進行中の出来事なのに、である。
震災直後、「今、自分にできること」と多くの人が自問し、行動した。震災から8カ月が経過した今、僕たちにできることのひとつは、「震災を風化させない」という努力ではないだろうか。今なお日々の生活に苦しみ、明日の暮らしに不安を感じながらときを過ごしている人たちに思いを馳せ、被災の実態をできるだけ多くの人々に、できるだけ広い範囲で情報発信すること。
僕は当面そんな活動を心がけていきたいと思った。
(写真は、左から閖上地区の現在、津波に負けなかったお地蔵さん、仮設住宅)
投稿日時:2011年11月01日 00:52
木村 乃です。
一般社団法人日本経営協会(NOMA)が毎月発行している会員情報誌「オムニ・マネジメント」の11月号の特集は「拍車かかる『シティセールス』の背景と課題」。NOMAで毎年2回程度「地域ブランディング戦略講座」(次回開講は来年1月19日・20日の2日間)を担当しているご縁があって、このたび巻頭記事を書かせていただいた。
この特集では他に4つの記事が掲載されている。そのうちのひとつは三浦市営業開発課の稲田巡(いなだ・めぐる)氏による「事例原稿」。僕が三浦市に在籍中に新設に携わり、その政策支援をしてきた営業開発課の取組がレポートされている。もう一つの記事は地域再生コンサルタント・行政書士でいらっしゃる水津陽子氏の記事。なんと、この記事中にも「地域ブランドやシティセールスで、最も学ぶべき事例は、神奈川県三浦市の取り組みだろう」と紹介されていた。当然のことながら、拙稿でも三浦市の事例を紹介している。
5つの記事中3つに取り上げられている三浦市の事例。これには正直驚いた。もうあっちこっちに自慢したくなる。そして今もなお日々奮闘している三浦市営業開発課の職員たちを賞賛したい!褒めて欲しい!嬉しいかぎりだ。
今、自治体や公益団体等でシティセールスに取り組んでいる皆さんには、ぜひこの特集記事を読んでいただきたい。具体的な内容が満載なので大いに役立つと思う。(写真は左から、稲田氏の記事のタイトル、水津氏の記事の一部、僕の記事の一部)
なお、拙稿タイトルは「『売込型』よりも時代が要請する本来のシティセールスを」。ご興味がある方はご一報ください。
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