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【ビズワード】 働かかざるもの食うべからず

投稿日時:2016年06月06日 14:17


ビズデザイン代表の木村乃です。

5月10日の「ビズワード」で「名物に旨いものなし」の解釈について、僕なりの独断解釈をご紹介しました。
今回は「働かざる者食うべからず」という慣用句を取り上げます。

Wikipediaには、新約聖書の『テサロニケの信徒への手紙二』3章10節に「働きたくないものは食べてはならない」という一節があり、これが「働かざる者食うべからず」という表現で広く知られることとなった、とあります。
また、1936年制定のソビエト社会主義共和国連邦憲法(スターリン憲法)の第12条にこの表現があるとの解説もあります。

一般に、この慣用句は「働こうとしない怠け者は報酬を得る(ご飯を食べる)資格がない」といった厳しい戒めの意味で使われています。それを承知のうえで、僕はちょっと違う意味の解釈をしてみたいと思います。

「人がご飯を食べるのは働くためなのである」という解釈です。

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話は変わりますが、マタイ福音書やルカ福音書に記載がある(らしい)「人の生くるはパンのみによるにあらず」というイエスの言葉があります。これには「神の口から出る一つ一つの言葉によって生きる」という言葉が続くのだそうです。その意味は、「私たちを生かしてくださるのは神さまであり、その神さまの言葉に従った時に、私たちが生きていくために必要なものは神さまがちゃんと備えてくださる」というものだとか。
さてそうなると、一般に知られている「人間というものは食べたり飲んだりすることだけで生きるものではなく、文化的・精神的なことを目的として生きるものである」という解釈は誤用ということになってしまいます。ネットでちゃちゃっと調べてみたら、「大辞林 第三版」にも「〔マタイ福音書四章〕人は物質的な満足だけを目的として生きるものではなく,精神的なよりどころが必要である。」と解説されているようなので、この誤用はすでに常識的解釈にまでなっているということがうかがえます。
慣用句や格言、名言というものでは、このように当初の意味から変化して誤用が一般化するということも多いのでしょう。

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話を戻します。

「働かざるもの食うべからず」の僕の解釈「人がご飯を食べるのは働くためなのである」というのは「人の生くるはパンのみによるにあらず」の誤解された意味に似ています。働くということはお金(食べ物)を得るためではなく、働くことそのものに生きがい(精神的なよりどころ)を見出すことにこそ人生における意味があるのだという解釈だからです。つまり、一般的解釈としての「働かざる者食うべからず」は、労働を人としての義務であると主張していますが、僕は働くということを人としての権利だと主張しているわけです

「働かざる者食うべからず」は、諸般の事情で働きたくても働けない人に対して差別的な言葉ではないかという批判もあるようです。
しかし、僕の解釈では、諸般の事情があって働きたくても働けない人にも皆と同様に働く権利があるのだから、その権利を行使できる社会環境を作っていくことが必要であるということになります。

「働かざる者食うべからず」というわずか十二文字の言葉ではありますが、このようにいろんなことを考えさせてくれます。

次回、僕が担当する「ビズワード」では、「権利と義務」をテーマに書いてみたいと思います。日本国憲法に定められた国民の三大義務「教育の義務(26条2項)」、「勤労の義務(27条1項)」、「納税の義務(30条)」。これらの「義務」という二文字を「権利」に置き換えてみたらどんな世界が見えてくるでしょうか。乞うご期待。

 

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