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会社説明会+ピザパーティ開催のお知らせ

投稿日時:2016年03月25日 13:30

友田景です。

当社(ビズデザイン株式会社)では、インターン生をしております。
その一環として、会社案内+ピザパーティを実施します!
一度、当社のオフィスに遊びに来てみませんか?

前回の様子はこちら

下記の要領で、会社案内を兼ねたピザパーティを予定しています。
ピザを食べながら当社に興味を持って頂いた皆さんとざっくばらんに
色々な話ができればと思っています。
是非、ご都合がつけば、会社へ遊びに来てください。
友達と一緒でも歓迎です。
スペースに限りがあり、先着5名までとさせて頂きます。

【日時】3月30日(水)19:15スタート (21時終了予定)
【場所】ビズデザイン株式会社 品川オフィス
東京都港区港南4-1-10 リバージュ品川205

申込は、saiyo@biz-design.co.jp のメールアドレスへ
件名に「ピザパーティ参加希望」として頂き、下記の項目を明記して下さい。
・氏名
・所属
・メールアドレス

ご連絡お待ちしています!

 

【ビズワード】業界の常識、世間の非常識

投稿日時:2016年03月16日 10:05

友田景です。

野球界が賭博や「祝儀」金銭授受のお金の問題で揺れています。「祝儀」金銭授受の問題は選手間でのやり取りを球団が黙認(了承)している場合や選手と球団とのやり取りと両方があるようですが、いずれにせよ球団内では問題ないと思われていたことが、ファンを含めた世間(第三者)からは非常識だと映り、大きなバッシングを受けることになったと認識しています。

今回の出来事は、よくある「業界の常識は世間の非常識」と呼ばれるひとつかと思います。物事は当事者間の合意があれば問題なく進められると思いがちですが、それが第三者から見てどのように映るのを意識しなければ、このような問題が起こりうるわけです。一般企業でも社員同士で営業成績の賭けをやっていることがあります。そういうことが問題にならないのは、これがプロ野球という人気商売であり、特に公共性の高い業界だからこそ起こったと考えることもできます。

ただ私にはそれだけで片付けられることだとは思えません。インターネットやSNSの発達により、情報が一瞬にして世界中に伝わる時代になりました。イチ企業の取り組みがどこからどのように漏れ伝わるかわからない世の中です。業界や業態、組織の大小に関わらず、当事者だけでなく、第三者の視点がより重要視される時代になってきたと感じています。

これは業界だけでなく、職種にも言えることかもしれません。営業の常識、製造の常識、人事の常識、広報の常識などが部門間の溝を作っている要因になっている企業を多く見かけます。それによって物事が前に進まず、苦労している担当者の悩みを聞くことがあります。部分最適と全体最適の問題と言ってもいいかもしれません。

また、前職の企業再生の現場では、独自のこだわりを強く持つ経営者に多く会いました。そのこだわりや常識が取引先や関係者から理解されない、称賛されない場合、多くの企業が破綻の道へ進んでいくことを実感しました。

そのこだわりや常識が他者から見て、理解されるものか、称賛されるものか、世間から非常識だと思われないか、野球界の問題を機に私自身も自らの働き方を今一度見直していきます。

 

【ビズワード】 塵劫記

投稿日時:2016年03月01日 09:33

ビズデザイン代表・木村です。

「塵劫記」。じんこうき、と読みます。

江戸初期の和算家である吉田光由(1598~1672)の著書です。

堺雅人主演の「武士の家計簿」という映画のワンシーンでちらりと映ったこの本が気になって、早速購入しました。

実は、「武士の家計簿」を観る直前に、岡田准一主演の「天地明察」を観て、和算家の関孝和に興味をもっていました。関孝和のことは高校生時代に数学が得意な友人に教えてもらい名前くらいは認識していたのですが、その業績はなかなか難解だったので深く知ろうとすることはありませんでした。

そこにきて「塵劫記」です。映画の中では草笛光子扮するおばば様が孫に算数クイズを出すシーンが数回ありました。そのとき、おばば様の手元にあったのが「塵劫記」です。

和算のクイズとはどんなものだろうと軽い思い購入したのですが、読み始めていきなり「序文」で衝撃を受けました。

「新板塵劫記序」と題された著者による序文です。そこにはこんなことが書かれています。

「それ算は伏羲、隷首に命じてより、周官に保氏を置、是より以来算数世にこをはなれて、国家の重器たり、誠に故有るかな、算の要たる事、国家をおさめ、百姓をみちびくに及んで、放田・不足・勾股・円長あり、其狭広をはかつて、其耕をおさむるに、井田の法有、十一の法有、もしその法をみだる時は、百姓をだやかならず、又軍をなし、賦をなすに、士をひき、歩卒をまじふるに算数をもつてよくみちびきおさむる也、・・・・・」と続きます。

算数が国家経営の基本だということを滔々と述べているわけです。

当たり前といえば当たり前なのでしょうが、僕たちが幼稚園や小学校で「算数」を習うにあたって、はじめにこんなことを教えられるでしょうか。同じ勉強をするにしても、その目的が明確と効果がこれほどまでに明確に語られるかどうかによって、学ぶ者の姿勢も変わってくるのではないでしょうか。

「算数とか数学とか習ったって、大人になっても使うことないじゃん」とかいうことを言う人も多いと思います。

実際にはそんなことはないのですが、幼い頃から目的と効果を認識して、算数、数学を学んだ人とそうでない人では、国家、国民、環境、未来に対する構想力にも大きな違いが出てくるような気がします。

たまたま手にとった「塵劫記」にそんなことを教えられました。

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