HOME > スタッフ・ブログ 「世遊綽々」 > » 【ビズワード】PYGとJ-POP

スタッフ・ブログ

【ビズワード】PYGとJ-POP

投稿日時:2014年10月21日 00:14


木村乃です。

PYG。これがわかる人は50歳以上の音楽好きです。若い人でも日本のロックに関心が強い人はご存知かもしれません。

1967年から1969年までのわずか3年間、日本中を席巻したグループサウンズ(GS)のブームが去ったあと、ザ・タイガースの沢田研二(ジュリー)、岸部修三(サリー、現在は一徳)、ザ・テンプターズの萩原健一(ショーケン)、ザ・スパイダースの井上堯之、大野克夫らを中心として結成されたスーパーバンドが「PYG」(ピッグ)です。

GS時代、多くのGSバンドは自由に、好きなR&Bやロックを演ることを許されず、ムード歌謡とでもいうべき音楽を演ることを強要されていたと言われています。バンドも“売れる”ためにそれを受け入れてきたわけですが、GSブームも末期になると、それぞれのバンドはそれぞれが好きなR&Bやロックを演る自由を手に入れようと動き始めます。ザ・タイガース、ザ・テンプターズ、ザ・スパイダースというビッグ3のミュージシャンがそのために結集したのがPYGです。リスクを冒した出発でした。

当時の若いミュージシャンたちはイギリスやアメリカの音楽であるR&Bやロックを“真似ることで腕を磨いていました。R&Bやロックは輸入物です。文化的背景を共有していない我々日本人にとっては、せいぜい真似ることしかできません。どんどん真似て、オリジナル(本物)に近づいていく。それが喜びだったのでしょう。PYGはそれを求めたのだと思います。PYGの名曲「花・太陽・雨」のイントロはとてもプレグレッシブで、J・レノンのMotherのイントロを彷彿とさせるものがあります。真似て、真似て、オリジナル(本物)に近づいていく。文化として西洋音楽をもっていない我々にはそうするしかありません。R&Bやロックを楽しむというのはそういうことなのだと思います。

youtube 花・太陽・雨

GSがあり、ニューロック(PYGの時代はそう言われていました)の時代がありました。「日本語のロック」が注目された時代です。西洋音楽のフォーマットに日本語を乗せるという実験的ムーブメントでした。模倣の末にオリジナリティを確立しようとする努力がありました。オリジナルを模倣することこそが、自分たちにとってのオリジナリティを確立するために必要な道筋だったわけです。

そしていま、J-POPというものがあります。形式的には西洋音楽です。表記が英語になっていることがそれを証明しています。しかし、どうしてもJ-POPが西洋音楽を真似て日本なりに熟成させ、オリジナリティを確立したものとは感じることができません。J-POPというのは、西洋音楽を“真似た音楽を真似て作られてきた二次コピー音楽のように感じます。これもひとつのオリジナリティだと言ってしまえばそれまでですが、少なくとも僕にはとてもつまらないものに思えて仕方がありません。

ipodを肌身離さず持ち歩いているJ-POP好きの若者たちが、オリジナルのR&Bやロックを知らない。これはとても寂しいことです。PYGがリスクを冒してまで手に入れようとしたオリジナリティ。R&Bやロックをとことんまで真似して、真似して、自分のものにしいようとしたチャレンジ精神。音楽の話題にかかわらず、そんなことがいまの時代には欠けているような気がしてなりません。

年寄りの冷や水でしょうか。

 

このぺージのTOPへ

 RSS

スタッフ・ブログ 「世遊綽々」
Powered by WordPress