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リヴァックスの農業体験・里山散策イベント

投稿日時:2012年05月29日 12:07

友田景です。

弊社のサイトコンテンツ「世遊名人対談」にも登場いただきました赤澤健一氏が代表を務める株式会社リヴァックスから同社のCSRの一環として行われている社会貢献プロジェクトのご案内を頂きましたので、先週末に家族で参加してきました。

西宮市北部に位置する甲山で、同社がスポンサーとなっているNPO法人こども環境活動支援協会の農地で、田植え体験とエンドウ豆、ソラ豆、玉ねぎの収穫をさせてもらいました。子どもたちにとっては初めての田植え体験で、足のヌルヌルの感覚を「気持ち悪い」言いながら、泥んこになって楽しんでいました。エンドウ豆、ソラ豆もその場で生で頂きましたが、本当に甘くておいしかったです。その日の夕食は、もちろんこちらで収穫させてもらったエンドウ豆、ソラ豆、玉ねぎが食卓に並びました。旬のものを味わう幸せを実感しました。

その後は、キャンプ場に移動して、カレー作り。日ごろからキャンプをやり慣れているので、野外調理はお手の物です。食事の後は、キャンプ場内の森を散策し、間伐の重要性を教えて頂きました。山を放置すると木が密集するので暗くなり、生育できる植物が限られるので、生物の多様性がなくなること。以前地元でも里山復興の活動に少しだけ参加しており、枝打ちも体験していたので、間伐によって森の明るさが大きく異なることに驚いたことを思い出しました。

リヴァックスのプログラムが素晴らしいところは、家族で参加できること、そして、社外の人を巻き込んで、一緒に楽しめ、環境について造詣を深めることができることです。このような取り組みを通じて、本業でも環境への小さな意識が変わってくることにより、社外の人とも一緒に取り組めることが増えるのだと思います。つまり共通言語を持てるようなものだと実感しました。他社でこのようなプログラムを増やしていきたいと思います。

さて、皆さんにこのイベントで教えて頂いた内容のクイズです。こんな学びを実感することができました。

【問1】お米一粒のお米(種もみ)が稲穂になったときに何粒のお米が取れるでしょうか?

【問2】小ぶりのお茶碗一杯(100g)には、何粒のお米が入っているでしょうか?

答えは、この写真の下部にあります。

問1の回答 約1,000粒。

問2の回答 小ぶりのお茶碗一杯(100g)で約5,000粒。

 

【ビズワード】 政治主導

投稿日時:2012年05月22日 09:49

木村乃です。

平成 24 5 6 日、「大阪市会大阪維新の会」宛に、「社団法人 日本自閉症協会」から要望書が提出された。大阪維新の会が市議会に提出しようとしていた「家庭教育支援条例」(案)に対する要望書である。同条例案第15条における「乳幼児期の愛着形成の不足が軽度発達障害またはそれに似た症状を誘発する大きな要因であると指摘され、また、虐待、非行、不登校、引きこもり等に深く関与していることに鑑み、その予防・防止をはかる」との条文、また、第18条における「わが国の伝統的子育てによって発達障害は予防、防止できるものであり、こうした子育ての知恵を学習する機会を親およびこれから親になる人に提供する」との条文の大幅な修正を含む全文の修正を要望したものである。

この要望内容はきわめて正当なものである、条例案が医学的正当性を欠いた内容であることは言うまでもない。大阪維新の会もすぐに同条例案の白紙撤回を決めた。

ここで、大阪維新の会が障害者差別をしている!といったことを主張する意図は全くない。家庭教育について真剣に考えたうえでの誤解または不勉強による顛末であったと思いたい。

私がここで問題にしたいのは「政治主導」のあり方について、である。

先日、とある自治体の副市長から相談を受けた。

「議員提案の条例が増えていることは、単なるチェック機関としての議会から政策提案できる議会に変わろうとしているという点では歓迎したい。しかし、その提案(条例案)が法令の体をなしていないことが多すぎる。違憲性、違法性、あるいは常識的に不適切なものであったとしても可決されてしまえば、これが条例となる。市長はその条例を執行しなければならない。しかし、そのような内容の条例を執行するわけにはいかない。執行しなければ「不作為」の誹りを受ける。このような矛盾あるいは問題がまかり通っている。」

これは誤った「政治主導」によって生じている事態である。

通常、役所が作成する条例案は役所内の法令審査部署がチェックをする。それに対して議員提案の条例は議会事務局がチェックすべきである。ところが、多くの自治体における議会事務局にはそのようなノウハウ、法令審査技術をもつ職員が配置されていない。従来は議員提案の条例がほとんどなかったこともあり、そもそも法令審査機能を備えることに対する問題意識すら希薄である。こうした事情が問題の温床となっている。

問題の発生を予防するためには、議員提案の場合であっても、市長の補助執行機関である法令審査部署に助言や協力を求める(公式に審査することには問題があるだろうが)ことができるはずだ。しかし「政治主導」の名の下、議員が一方的に条例案を固め、提出してしまうといった事態がまかり通る。

「政治主導」とは何か。政治理念を掲げ、その具現化策としての政策を示し、実行を制御すべく舵を切ることであろう。決して「役人の手を借りない」、「役人に口を出させない」ということではないはずだ。それでは「政治専横」だ。政治家とて万能ではない。官僚(公務員)の持てる知識とノウハウをうまく活用して、信頼のおける政治主導を確立してもらいたい。

 

【ビズワード】ステマ問題とCSR

投稿日時:2012年05月08日 11:18

友田景です。

ネット業界で今大きな関心ごとのひとつがステマ問題だと思います。ステマとは、「ステルス・マーケティング」(Stealth Marketing)の略で、英語の 「Stealth」(隠れる、こっそりする、隠密)の言葉にあるように消費者に自らの正体を気づかれないように、宣伝広告ではないフリをしてこっそりと宣伝広告をすることです。新しいような気がしますが、日本では“サクラ”と呼ばれている昔から存在する手法です。“ヤラセ”と呼ばれることもありますね。

ステマ問題は、口コミのレストランガイド食べログが今年の年初1月4日にヤラセ業者がいることを公表し、大きなニュースになったことで火が付きました。この以前に消費者庁が「インターネット消費者取引に係る広告表示に関する景品表示法上の問題点及び留意事項」の公表について」という通達を出し、口コミサイトにおけるサクラ記事などは景品表示法上の不当表示にあたると指摘しています。

ところが、この5月4日のニュースでは、「消費者庁処分「難しい」業界団体には危機感 食べログ問題」として、「すべて法律で縛っていくのは難しい」との長官のコメントを報道しています。法律ではどうにもならない、独自の対策対応が求められる、これぞまさにCSRとして企業が取り組むべき課題です。

サクラとステマの違いであり、ネット会社にとってステマ問題が厄介なのは、運営会社はサイトやブログの場をネット上で提供しているだけであり、その会社自体がステマをやっているわけでは場合が多いことです。なので、自社だけでは対策を打ちにくい場合が多いわけです。今回のケースは、利用者(ステークホルダー)の協力がなくては前に進まない問題です。ステークホルダーの尊重や信頼性の向上は、ISO26000でも大きなテーマとなっています。ステマ問題は、ネット企業のCSR向上には欠かせないものです。ネット業界団体はもちろんのこと企業がそれぞれにアイディアを出して、独自の取組が求められます。

株価が高い企業が多いインターネット業界ですが、昨日は上記通達にある別の指摘された問題で、株価が急落しているニュースも報道されました。法整備の遅れもありますが、インターネット業界には、法律のグレーゾーンが多くあり、危ない綱渡りが続いていると言えます。

 

【CSR講座レポート】海外のCSR 日本のCSR

投稿日時:2012年05月01日 23:14

勉強中の菅裕子です。

4月20日から明治学院大学で開催されているCSR講座(全12回)に参加しています。この講座は2007年から毎年開催されている公開講座で、毎年200人以上の受講生を迎える大変人気の講座だそうです。今年は「災害・危機に対するCSR」をテーマとして、様々な企業における災害時の対応を、実際に企業で関わられている方々に講義していただくプログラムになっています。第1回(4月20日)と第2回(4月27日)はCSRの概論として、独立行政法人経済産業研究所の藤井敏彦氏より「世界のCSR」「日本のCSR」のテーマでお話がありました。

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藤井氏によれば現在世界で言うCSRとは、法令順守や社会貢献活動ではなく、それらによって定義されない、今までにない領域、新しくビジネスのやり方を考えることだと定義されている。グローバルにおけるCSRのテーマは2000年代は「環境CSR」、2010年以降は「人権CSR」に移行してきている。欧米企業ではNGOからの指摘で大きな不買運動に発展することを最も恐れて、環境問題や人権問題の「悪いことに加担しないこと」、という議論が主流となっている。一方で日本におけるCSRは悪に加担しない、というより「社会にとって何かよいこと」、と捉えられてしまっているため、日本企業で作成されるCSR報告書は、法令順守や社会貢献活動について書かれているものが多い。そのためそれらの報告書を欧米人が読むと、彼らにとって知りたい情報にはなっておらず、彼らの期待に応えるものではないそうである。

日本でのCSRが海外とは異なる理解で進んでしまった背景には、CSRという言葉が出てきた時にCSRの専門家がおらず、色々な分野の専門家が自分の領域の理解で語ってしまったために、総花的になってしまった。また社会的にも企業の倫理が問われる事件が多発していた頃で、日経新聞が法令順守をベースに解説してしまったことが大きく日本のビジネスマンに影響を与えた、との解説であった。

現在海外で議論されているCSRの課題としてCSRと本業の「統合」があげられ、その際に必ず必要になるのが新たなルールメイクであるという指摘がされた。新しい技術を商品化しマーケットを構築するには必ず新しいルールが必要となる。社会と会社の関係を構築するうえで避けられないことである。CSRは「ルールを守ってよいこととをする」を超えたところにある、とまとめられた。

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実際の講義は90分が2回あり、他にも色々な興味深いお話が事例を交えながらなされましたが、今回は上記の紹介までとさせていただきます。

今回の講義を受けて改めて、CSR報告書とは誰に向かって、何のために作成するのか、目的を明確に持って作る必要があると感じました。日本の取引先、顧客に評価される内容であっても、それをそのまま英訳しても海外投資家向けには全く役割を果たさない。海外向けには別の内容で作成する必要があるかもしれません。一方で欧米でもCSRの明確な考え方は未だ定まっておらず、議論はまだ続いているそうです。これから徐々にグローバルに統一した見解が構築され、CSRという言葉の解釈も収れんしていくのでしょう。それにしたがって日本での解釈も徐々にグローバルに近づいていくのだと思います。もしかしたら日本でいうCSRという言葉には日本独自の部分も残しつつ、といったことになるかもしれませんが、ともかくグローバルにおいての理解が違うということは念頭におきつつ、求められるもの、必要なものを作ることだと思います。

新しい潮流を見失わないように、日々勉強です。

 

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