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投稿日時:2011年11月22日 10:03
木村乃です。
先日(11/18)、名取市役所で「震災に向けた市役所機構改革」をテーマとする講演のため宮城県名取市に出掛けてきた。名取市は名取川を挟んで仙台市に南接する7万人都市。その北東部に位置する閖上(ゆりあげ)地区は約5,000人が暮らす共同体意識の強いまちだった。この閖上のまちが3月11日に壊滅した。亡くなった方は900人以上にのぼるという。地震発生から津波、そして翌日までの様子が、地元住民であった小斎誠進氏の手になる「“その時、閖上は”」という写真集に克明に記録保存されている。
僕も、閖上地区にご案内いただいた。名取市役所のKさんにガイドしていただいたのだが、視察の途中でKさんご自身がこのまちに暮らしていた被災者であることを知った。かつて人工的に造成されたという日和山という丘にのぼり、まちを一望したとき、僕は言葉を失った。ここに5,000人のまちがあったとは信じられなかった。現在の様子からは全く想像できなかったのだ。「想像を絶する」という言葉を初めて実感した。
東京圏に暮らしている僕たちにとって、震災はもはや過去のこととなりつつある。原発問題の影に隠れてしまっていると言ってもいいだろう。僕自身、9月に気仙沼方面にガレキ処理のボランティアに出かけ被災現地を見てきた。一度だけとはいえ、この身体で被災の実態を感じてきたつもりだった。しかし、僕の日常はどうだろう。もはや過去の出来事としてしまってはいないだろうか。
まして、名取市の被災実態は大きく報道されてはいない。地元の方々の努力により、ガレキ撤去等の復旧作業が迅速に進んだがゆえに、役場自体が孤立してしまったような他の被災地のように注目されることもなかった。少なくとも東京圏で報道からその地名を目に、耳にすることはない。まだ震災は現在進行中の出来事なのに、である。
震災直後、「今、自分にできること」と多くの人が自問し、行動した。震災から8カ月が経過した今、僕たちにできることのひとつは、「震災を風化させない」という努力ではないだろうか。今なお日々の生活に苦しみ、明日の暮らしに不安を感じながらときを過ごしている人たちに思いを馳せ、被災の実態をできるだけ多くの人々に、できるだけ広い範囲で情報発信すること。
僕は当面そんな活動を心がけていきたいと思った。
(写真は、左から閖上地区の現在、津波に負けなかったお地蔵さん、仮設住宅)
2011 年 12 月 6 日 2:57 PM
乃くん、こんにちわ。利根川です。その後お元気ですか。
HP見ました。名取のゆりあげ地区、行ってきたんだね。名取川の河口部分に公園があって、毎年会社のマラソン&運動会をやっていました。私にとっても思い出の地の一つです。震災直後の報道でも見ましたが、このHPの写真も、過去の風光明媚な景色を知っている身としてはショッキングなものでした。徐々に復興が進む反面、置き去りにされゴーストタウン化する町もあることは忘れられがちです。情報網をつなぎ、交通網をつなぎ、人と人とをつなぐことに取り組みたいと思います。
機会があれば、「被災地の今後とわれわれができること」について意見交換しませんか?
2011 年 12 月 6 日 4:24 PM
どうも、木村乃です。
河口部の公園(だったところ)にも行きましたよ。これから名取市で「旅おこし」をコンセプトに新しい取組を始めたいとおもっています。御社にも協力してほしい!まずはスポンサーになってください。ぜひに!そのためにも近々お会いしましょう。よろしく。