HOME > スタッフ・ブログ 「世遊綽々」 > » 15年の間に・・・(阪神大震災を振り返る)

投稿日時:2010年01月25日 02:43
当時、僕は高校3年生。12月に大学受験を終え、進学先が決まっていたため時間を持て余していた。だから何かできることはないかと翌々日から学校を休んで現地に向かった。1階が三角形になり、2階が滑り落ちている家、電柱が家にめり込んでいる家、コンクリートの塊で押しつぶされて、ぺしゃんこになった車。無残な光景を目にしながら向かった先は、ボランティアセンターに紹介された芦屋市にある津知公園。
住民と同じように現地(公園)のテントで寝泊まりして、炊き出し、支援物資の仕分け、倒壊した家の片付け、などなど。わけもわからず、とにかく1か月ほど夢中で働いた。震災から3週間後に公園内に簡易お風呂ができたときには、嬉しくて涙が出たのを今でも覚えている。
芦屋市立美術博物館で、写真展がやっているとニュースで知り、行ってきた。当時は、過度なマスコミ報道で住民がカメラを嫌がり、ボランティアでは、あまり写真が取れなかったという。住民自身はもちろんそれどころではないので、実は、報道関係以外にそれほど写真がないらしい。
テレビの特番を見て、写真展を見て、思うこと。本当の意味で自分は役に立ったんだろうか?自己満足ではなかっただろうか?自分の中で残っているのは、ボランティアで知り合ったひとりの友人とわずかな記憶。触れ合ったはずの住民の名前は誰も覚えていない。住民の苦しみなど何もわかっていなかった気がする。
写真展のあと、津知公園に行った。10年ぶりぐらいに訪れたが、きれいな公園に生まれ変わって、様変わりしている。当時の面影を残すのは、震災のモニュメントだけ。公園のベンチで家族とお昼ご飯を食べ、子どもと一緒に遊んだ。近所の子どもたちもキャッチボールをしたり、ブランコをしたり、公園は賑わっていた。公園で遊ぶ子どもたちは、15年前を知らない。穏やかな日差しに包まれた公園には穏やかな空気が流れていた。
2010 年 1 月 29 日 9:34 PM
元気ですか?
新しい場所で再出発したのですね!
連絡先が分からず、ご無沙汰していました。
私は北海道で家族と共に頑張っています。娘は2歳4カ月になりました。また大阪に帰省した際には会いたいですね!
お仕事頑張って下さい。今年もヨロシク!
坂本 久美 (旧大西久美)
2010 年 1 月 29 日 10:06 PM
坂本久美さん
こう呼ぶのは初めてですが・・・。
ご無沙汰しています。
コメントありがとうございます。
よく見つけてくれました。
毎週、大阪と東京の往復ですが、元気にやっています。
また会いましょう!
友田景