HOME > スタッフ・ブログ 「世遊綽々」 > » 2009 » 1 月

スタッフ・ブログ

雇用問題

投稿日時:2009年01月31日 23:36

雇用問題に関するNHKの取材を受けた。「いわゆる“派遣切り”についてどう思いますか?」。ぼくは「派遣社員の雇用問題と直接雇用の非正規社員の問題、正規社員の問題とはそれぞれ異なるものなので、十把一絡げには答えられない」と応じた。担当のディレクターさんはよく理解してくれたのでよかったが、往々にしてマスコミの問題のとらえ方は粗雑だ。この粗雑な問題把握の仕方が、労働問題と福祉問題とが絡み合った複雑な状況を余計にわかりにくくしてしまっている。ぼくの回答はシンプルだ。①ワークライフバランスの観点から、雇用の形態は多様であった方がよい。②非正規雇用が生産調整の対象として経営の安全弁であることは何ら問題のないことである。③正規雇用に関しては生産調整の対象としてはならず、企業はあらゆる手をつくしてその雇用継続確保に尽くすべきである。④一部の専門的職種を除き、職業斡旋、派遣仲介をもっぱら収入源とするビジネスはいわゆる“手配師”商売であり好ましい存在ではない。企業自らが多様な職種の採用門戸を開くべきである。以上4点がぼくの見解である。それぞれに関する細かい見解はまた改めてここで書きたい。そしてもうひとつ。ぼくの持論を紹介しておきたい。現在起きている生活経済問題の根源は「持ち家制という国是」にあるという持論である。30歳代半ばにもなれば住宅を購入する。そのことを前提とした生活給与体系がある。財形貯蓄も手厚く制度化されている。狭いながらも楽しいマイホームを持ってようやく一人前。こうした共同幻想が問題の根源に横たわっていると思えてならない。緊急経済対策がうたれるとき、必ず対策リストの筆頭に出てくるのが住宅ローン減税である。生涯借家派のぼくには何の恩恵もない。まあ、それは単なるひがみにすぎないのだが、「持ち家制という国是」がもたらす社会問題は経済問題にとどまらない。少年犯罪、高齢者の棄民・・・。このことについても近いうちに詳述したい。

 

タックスペイヤー・コンセンサス(納税者合意)

投稿日時:2009年01月30日 08:38

行政はサービス業だ。サービス業は顧客の満足を求めるべきだ。だから行政には顧客、すなわち住民の満足を追求する使命がある。こうした主張が多くなされている。ぼくは行政マンだった頃からこの主張に異を唱えてきた。ここでいう満足とは、住民の欲求・要望(ウォンツ)を満たすことである。社会経済の状況に伴ってウォンツは刻々と変化する。ある部分これを満たすと次のウォンツが生じてくる。つまりウォンツを満たすということには際限がない。企業が顧客満足(カスタマー・サティスファクション)を言えるのは、満足を高めれば売上が伸びるからである。顧客の増加、単価の上昇につながるからである。行政の場合はどうか。満足を高めることは税の支出を増やすことにはなるが、収入を上げることにはならない。もちろん、戦略的先行投資という考え方もある。しかしウォンツへの対応はほとんどの場合がサービスの供給でしかなく投資効果のないものである。際限のない住民ウォンツの満足を実現し続ければ財政破綻は必ずやってくる。景気がよくても必ずそうなる。企業と行政は経営原理が違うのだ。行政に顧客満足経営は通用しない。行政経営の基本的哲学を再認識するべきなのではないか。そこでぼくは「タックスペイヤー・コンセンサス」(納税者合意)を主張してきた。この続きは改めて書きたい。

 

モンゴル国

投稿日時:2009年01月28日 09:15

昨日は15:30~20:00頃の約4.5時間にわたって渋谷区神山町のモンゴル大使館に居た。2つの会議と新年会があった。会議のテーマはモンゴル国における科学技術教育の確立に向けた政策についてと、ウランバートルで開催が構想されている九州博覧会の2つ。ぼくは前者の提案者として参加した。ジグジット全権委任大使、古賀一成衆議院議員(モンゴル友好議員連盟/民主党)、モンゴル国商工会議所会頭をはじめ10人ほどが集まり真剣な意見交換を行った。話し合い内容の詳細はここには書けないが、モンゴル国はブータン国とならんで日本に対する友好姿勢がとても強い国である。両国の友好関係は国家戦略においてもたいへん大きな意味をもつ。この友好関係をより発展させるためにはモンゴル国における教育水準を向上することが必要である。そのために両国の協力によって何をすべきか。それがメインテーマである。できるだけ早くその道筋をつけたいとジグジット大使は言う。ぼくも微力ながらそのお手伝いをしたいと思っている。会議に続いて、モンゴル国商工会議所会頭の来日に合わせた新年会が開催された。ボクシングの渡嘉敷、現在国会議員の元・ひげの隊長こと佐藤議員なども参加していた。乾杯の音頭は日本国初代内閣総理大臣・伊藤博文のお孫さん(ご年配の女性)がとった。なかなかユニークな参加者による新年会だった。その後23:30頃まで赤坂界隈でモンゴルのウォッカをやりながら数人で懇談した。モンゴル漬けの一日だった。

 

科学的であるということ

投稿日時:2009年01月27日 09:00

汚染の悪循環を根源で絶つ。そのために40年以上にわたって研究を続け、画期的な汚染除去物質を開発した会社がある。N社(東京・中野区)がそれである。この汚染除去物質の効能は、汚水水質・悪臭の清浄化、錆の除去と防止といった産業・都市基盤用途から、堆肥づくり、土づくりといった農業用途、手荒れ防止まで幅広い。例えば、汚水槽で硫化水素(硫化ガス)が発生したとする。ここにN社の汚染除去物質を投入する。すると悪臭(硫化ガス)が消える。新たな発生も抑制される。硫化水素の構成分子であるイオウ(S)と水素(H2)の結合を切り離す、その結合を抑制する。そのために結合が起こる原因物質として存在する一種の油成分を分解するというのがその原理だそうである。ここまでの説明であれば、ある程度“化学”的思考ができる人であれば「そういうこともあるのかな」くらいの理解はできる。ところが、その先にこの物質の難しさがある。硫化ガスの発生を抑制、つまりイオウ(S)と水素(H2)を分離できたとする。水素は空気中に放散するとしても、そこには固体としてのイオウ(S)が沈殿して残ることになるのではないか。普通ならそう考える。この物質のユニークなところは、そのイオウすら消滅してしまうというところにある。ここで話がいきおい“非科学的”な色彩を帯びてくる。いや、必ずしも非科学的とはいえない。元素転換を起こしたのである。ぼくには全く理解できないのだが、N社の社長(研究者)によると素粒子論レベルではこの元素転換も説明できるそうだ。しかし、現時点ではそれを“科学的に”証明することができないという。効能については多くのユーザーが諸手を挙げて証言している。その効果はぼくもこの目で見た。しかし“科学的に”証明することができない。N社の社長はゲーテの言葉を引用する。「現象の背後に何も探求してはならない。現象自体が教師なのだ」。同社長は戦後の工業化が進みつつあるころの瀬戸内海を見て、この茶色い海を元通りに戻したい、と思ったそうだ。そして、その夢を実現できる技術をついに開発した。しかし、それが“科学的に”証明することができないという壁にぶちあたっている。そのために特許がとれない。汚染の悪循環を根源から絶つ。その目標を達成するためには、この技術を大いに普及しなければならない。「科学的である」ということと闘っていかなければならない。その闘いを弊社も今支援しはじめたところである。

 

モニカ・ヴァン・ケーコフさん

投稿日時:2009年01月26日 15:39

1月23日。弊社にとてもすてきなお客様がいらっしゃった。オランダ人のモニカ・ヴァン・ケーコフさん。デザイナーであり、ダンスパフォーマーであり、アートイベントのプロデューサーでもあるスゴい女性だ。4人のご家族と暮らす我孫子市のご自宅は近頃のどんな日本人の住まいよりも日本的で、ダンスパフォーマーといっても日本舞踊、和太鼓などにも造詣が深いマルチ・アーティスト。2006年11月には春日部市で「首都圏外郭放水路水槽内」を使ったダンスパフォーマンス「トンネルヴィジョン」を自ら主催・自演。そのほかにも表参道の国連大学ビルでのパフォーマンスなどマスコミでも多く取り上げているからご存じの方もいらっしゃるかもしれない。その活動はNHKをはじめ国内外から大きな評価を得ている。そんな彼女とは昨年の6月にあるパーティー会場で知り合った。それがきっかけで、このたび資金調達、プロモーションなど今後のイベントプロデュースに関する相談で弊社にお見えになったのだ。この不景気。芸術関連の活動は真っ先に支援停止の対象となる。前途は多難。それでも彼女は底抜けに明るい。これから一緒に彼女の豊富なアイデアをベースにした企画を練っていこうと約束した。ご関心をお持ちの方はぜひHPをご覧いただきたい

 

ロックの学園~新しい伝説のはじまり

投稿日時:2009年01月22日 17:39

先日「ロックの学園」をちょっとだけ紹介した。今日は少し詳しく紹介したい。「ロックの学園」は、ロックミュージシャン、クリエイターなど、ロックに育ててもらった大人たちが「ロックの先生」となり、ライブやトークショー、ワークショップなどのユニークな「授業」を通して、ロックの素晴らしさ、そして「ロックの魂」を次世代に伝えていくことを趣旨とした、ロックイベントである(公式HPより抜粋)。校長先生は忌野清志郎さん、教頭先生は箭内道彦さんだ。一昨年の11月に第1回を開催し、第2回が来る3月20日から22日の3日間で開催される。会場は神奈川県立三崎高等学校。現在は閉校となったこの学校を丸ごとつかって「ロックの学園」が開催される。ぼくは昨年5月末まで三浦市役所に勤務していたので、第1回のときには企画・運営に関わった。「ロック甲子園」(アマチュアバンドコンテスト)では波田野紘一郎氏(元NHK「ヤング・ミュージック・ショー」ディレクター)やシンガーのブル松原さん、なりきりエディ・ヴァン・ヘイレンこと「E・D・ボン・ヘイレン(VON HALEN)」さん、なりきりジョン・サイクスこと「RANDY(PLATINUMSNAKE)」さんらと一緒に審査員もやった。市役所で主力として力を発揮したのは営業開発課だ。市役所に「営業開発」課があるというだけで驚かれることも少なくないが、このセクションはシティ・セールスにかけては日本一のチームであると言っていい。そして第2回も三浦市で開催されることとなり、12月17日には記者会見も行われた。市役所を辞めたぼくも少しだけビジネスとして関わることになっている。昨夜(1/21)はロックの学園製作委員会を構成するNHKエンタープライズNTTぷららジャパンエフエムネットワークの三社の社長さんも参加されての現地視察と懇親会が催された。みなさん本番に向けてワクワクしておられる様子が伝わってきた。決してフジロックのような規模のメガイベントではない。しかし、他に類をみないスーパーイベントであるとはいえる。第3回、第4回と続くことによって、伝説になっていくと思う。ウッドストック、つま恋、中津川・・。そして「ロックの学園」。きっとそうなる。いずれまた続報を書きたい。

 

バラク・フセイン・オバマ大統領

投稿日時:2009年01月21日 11:53

今日のブログでこの話題に触れないわけにはいかない。米国第44代大統領の就任である。一般的な評論や感想はTVでも新聞でもさんざん見聞きして皆さん少し「耳タコ」状態だと思うので、ちょっと変化球を投げてみたい。米国内では80%以上の支持率を集めているオバマ大統領。その熱狂は新大統領への大いなる期待にほかならない。期待に応えようとするオバマ大統領の表情も、姿勢も、言葉も、その熱狂の対象としてふさわしい自身に満ちているようにみえる。ひるがえって我が国の「宰相」麻生太郎さんはどうだろうか。・・・とここまで書いたら、それって全然変化球じゃないじゃん、と思われるだろうがちょっと我慢して読み進めていただきたい。ぼくは思う。国家の元首たる大統領と、政治システムにおける宰相でしかない内閣総理大臣を同列に比較するのがどだい間違っているのではないか、と。大統領は国家の代表であり、国家そのものの象徴でもある。また、政治システムにおいても、政府高官とスタッフを根こそぎ入れ替えて政策執行に臨むことができる大統領と、議院内閣制と国家公務員法のもとで、いつも足下をすくわれかねない脆弱な権力基盤しか与えられていない内閣総理大臣との違いは歴然としている。内閣総理大臣は「ここぞ」という時は孤軍奮闘せねばならない宿命を背負っている。麻生太郎氏の力量や資質に対する評価には厳しいものがあるが、かつて新鮮さをもって歓迎された細川護煕氏にしても、小泉純一郎氏にしても、孤軍奮闘するしかない状況があった。これは内閣総理大臣個人の力量や資質によるものではないと思う。日本国憲法において象徴天皇制を掲げる日本。天皇陛下と皇室・皇族は常に国民の敬愛を受けているし、受けるに値する存在でなくてはならないという緊張感もあるだろう。決して軽んじることはできない。日本の元首とは?の問いに対してはいくつもの説があるが、米国大統領はまぎれもなく米国の元首である。その元首たる大統領への国民の熱狂と「宰相」でしかない内閣総理大臣への国民の失望とを比較することにはやはり違和感がある。とはいえ、外交場面では対等なパートナーとなるべき大統領と総理である。見劣りがあってはいけない。決して麻生太郎氏、自民党を擁護するつもりはないが、2国の熱狂状況の比較をして我が国の宰相を批判することに批評家精神を発揮している方々に対しては「そうやって自ら自国の宰相のスタイタスを貶めようとすることは、外交局面において我が国の国益を損なうことにつながりかねない危険な批評となる可能性が高い」ということを言いたい。ついでに言うと、オバマ・フィーバーだっていつまで続くかわからない。光が明るければそれだけ陰も暗い。安易に、ブームにのって、物事を批判することは慎みたいものだ。表現の自由はある。しかし、その自由のバックグラウンドには責任がなくてはならない。バラク・フセイン・オバマ新大統領の就任演説で強調された言葉が「責任」だったことを噛みしめたい。

 

健康未来研究所とソーシャルファーム

投稿日時:2009年01月21日 10:52

一昨夜(1/19)、神楽坂の「George Sand Kagurazaka(ジョルジュ・サンド神楽坂)」という店で「特定非営利活動法人 健康未来研究所」(理事長:大山博 法政大学現代福祉学部教授)の新年会があった。ちなみにこのお店はエッセイストの吉村葉子さんが経営されている焼き菓子のお店だ。ディナーも提供してくださる。さて、新年会は理事と関係者14人のこじんまりとした会だったが、それだけに会話の内容も濃かった。理事の一人である炭谷茂さん(元・環境庁事務次官)が12月に創設した「ソーシャル・ファーム・ジャパン」の話題も出た。高齢者、ニート、障害者などの社会的弱者を社会から排除せず包摂していく(ソーシャル・インクルージョン)ために、彼らの仕事をつくりだすことを目指した任意団体である。「雇用」が今最大の社会問題となっているが、不景気とか派遣切りとかいうタイムリーなだけの視点ではなく、人間社会における普遍的課題としてソーシャル・インクルージョンを考えておられるところがすごい。話題は変わるが、炭谷さんは現在、恩賜財団済生会の理事長もなさっている。新年会にはこのほかにも大分県で4つの病院経営に事務長として携わってこられたという方もいらっしゃっていた。それにしても、今年はやっぱり医療の世界に縁が深い。

 

身分証明、人脈

投稿日時:2009年01月18日 11:59

免許証、保険証、パスポート、住民票。これらはすべて、自己同一性、つまりアイデンティティを証明するものである。偽造の問題はついてまわるが、一般的にはとりあえずこれらがあれば、「私が法的に存在を認知された私であること」が証明できる。さて、社会的な「私」はどうだろう。「どこの馬の骨かわからない」という言葉がある。さしずめ今のぼくはその「馬の骨」である。かつては「株式会社○○研究所」という知名度の高い会社に所属していた。つい半年前までは○○市役所に勤務していた。そのIDカードないし名刺があった。この頃は社会的な「私」をわざわざ証明する必要は皆無であった。今はどうか。「ビズデザイン株式会社」という知名度のないベンチャー法人の「代表取締役」でしかない。数十万円の費用をかければ誰にでもすぐに作ることができる商法上の法人の代表でしかない。新しくビジネスを切り開いていくうえで、このことは大きな障害となる。そしてその障害を乗り越えていくために必要なのは人脈にほかならない。偶発的にマスコミデビューを果たすことがないかぎりは、「○○さんの紹介で・・」というのが最強の武器となる。才能さえあれば・・はない。人脈というのは「脈」の文字が示すとおり、その掘削作業を粘り強くやることによって、次から次へとつながるものだ。もちろん、そのためには「個人の私」としての信頼は不可欠だ。そして、紹介してくれた方の顔に泥を塗るようなことは許されない。その緊張感はかなり大きい。今の自分があるのは、多くの知人のおかげだと毎日、毎時実感する。曰くこれが「感謝の心」というものだろう。三波春夫は「お客様は神様です」と言ったが、その言葉が身にしみる。新年仕事始め以降、最初の日曜日にふっとそんなことを思った。

 

ロックの学園

投稿日時:2009年01月16日 17:22

ロックの学園。来る3月20~22日の3デイズで、我が古巣の三浦市で開催されるロックイベント。ぼくと「ロックの学園」との関わりや詳しいことはまた改めて書きたい。まずは、公式ホームページをチェックしてほしい!http://www.rocknogakuen.jp/

 

次のページ »

このぺージのTOPへ

 RSS

スタッフ・ブログ 「世遊綽々」
Powered by WordPress