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スタッフ・ブログ

多様性①

投稿日時:2008年12月16日 10:01

昨日(12/15)、神奈川県三浦市役所にてパネルディスカッションが開催された。テーマは「新たな担い手による地域づくりと行政との協働」。ぼくは三浦市の政策研究専門委員みうら政策研究所主席・主任研究員)をしているのでコーディネーターをつとめた。議論の経過はここでは詳報しないが、とても興味深いことに5人のパネリストに共通のキーワードは「多様性」だった。去る8月9日・10日に群馬県上野村で開催されぼくもパネリストとして参加したシンポジウムでもキーワードは「多様性」だった。そして、再来年2010年は国連の「国際生物多様性年」である。産業革命以来の文明転換期とも言われている今日のキーワードは「多様性」。このことはとても深い意味をもつと思うが、少し考えておくべきことがある。それは20年前にも同じく「多様性」がキーワードだったという事実である。このことを総括しておかなければ、今日重要な「多様性」が上手に理解できない。

日本経済がバブルに突入したころ、「価値観の多様化」ということが叫ばれていた。米国の心理学者・アブラハム・マズローの欲求段階説(人間の欲求は、「生理的欲求」「安全の欲求」「所属愛の欲求」「自我の欲求」「自己実現の欲求」の5段階で高度化していくとする学説)を引き合いに出して、「ついに自己実現欲求が高まってきた」と評論され、マーケットのトレンドは「モノの豊かさから心の豊かさへ」と喧伝された。当時ぼくが在籍していたシンクタンクでも報告書の冒頭にはしばしばこの“社会的潮流”が指摘されていた。しかし、ぼくは違和感を覚えていた。ブランド品がもてはやされ、内需拡大政策の中で「モノ」があふれんばりになっているこの時代が「心の豊かさ」の時代には思えなかった。価値観が多様化しているというが、皆が流行を追いまくり、同じファッションを楽しんでいる(?)ではないか。そのどこが多様であるかがわからなかった。マズローになぞらえれば「所属愛の欲求」の段階でしかないように感じていた。どうみても「モノの豊かさ」が謳歌されていた。ぼくには「均一性」によって支えられている時代に見えていた。(不定期に・・・続く)

 

東野圭吾

投稿日時:2008年12月13日 12:56

東野圭吾の作品「探偵ガリレオ」、「予知夢」、「手紙」を立て続けに読んだ。「探偵ガリレオ」と「予知夢」はあまり面白くなかった。物語が面白くないというより、登場人物の中に自分が感情移入すべき対象が見つからなかったのだ。ミステリー、しかもオカルトを科学で謎解きする短編小説なのだから、そもそも感情移入が他の読書傾向をもつぼくには向いていなかったのだろう。この2冊を読んだあと、東野圭吾って作家はなんで人気があるんだろう?と疑問をもった。たまたまウチの書棚に「手紙」があったので、まあ電車の中で読むぶんにはいいかな、と東野圭吾の3作品目を読み始めた。2日で読了した。感情移入があった。しかも特定の登場人物にではなく、男女問わず複数の人物にだ。同じ作家でこれくらい違うテイストの作品がかけるということにも驚いた。一昨年前に映画化されたDVDも観てみようかなと思った。

 

『岐路に立つ世界経済と国際政治』

投稿日時:2008年12月13日 12:44

昨夜、日本青年館において株式会社ビジネスカフェジャパン主催のトップマネジメントカフェが開催された。同社の代表取締役・平川克美氏とおつきあいをさせていただいている関係でお招きをいただいたエグゼクティブ対象のセミナーである。国際問題評論家の田中宇氏がキーノートスピーカーとして「岐路に立つ世界経済と国際政治」についておもしろい話がたくさん聞けた。今日の世界的金融危機の原因としては、①経済(=市場)と②政治(=陰謀)があると考えられるが、田中氏は②の陰謀説を強調している。現代史においてはつねに「多極派」と「英米中心派」の暗闘が経済・社会問題の背景にあるというのが氏の主張である。ご本人も“仮説”であることを強調されているのでその信憑性は何ともいえないのだが、その仮説に依拠して2006年にはすでに最近の金融危機を予測していたということで、その信憑性は高まっているらしい。2009年中に1ドル=60円台となり基軸通貨としてのドルは崩壊する可能性が60%くらいあると言っていた。金融支援のための出動額に比べればわずかでしかないBIG3への援助をしないのには明らかに意図があるとしか思えない、といった分析も紹介された。現象面から背景構造を推論していくのはたしかにおもしろい。いろいろな話があったのだが、最後の方で平川氏がとても意味のあるコメントをおっしゃっていたのが強く印象に残った。「企業もこれまでCSRなんて言って努力もしてきた。CSRを重視するのであれば、生産調整はともかく、非正規社員の解雇、内定取り消しといった雇用調整にまで踏み込むことは思いとどまるべきである。金融危機が訪れたとはいえ大企業は直前期には空前の利益を出しているところもある。雇用調整にまで踏み込むとマーケットに対して負のフィードバックが生じる。ここが企業の社会的責任の正念場ではないか。」ぼくも同感である。

 

バードライフ世界大会報告会

投稿日時:2008年12月11日 13:54

弊社のオフィスは港区元麻布にある。オフィスから10分ほど歩いたところにあるアルゼンチン大使館にて、昨夜「バードライフ世界大会報告会」が開催された。世界大会がアルゼンチンで開催されたという縁で、昨夜同国大使館での開催のはこびとなったらしい。アルゼンチン、ウルグアイ、パラグアイ、ブラジルの各国大使や中曽根外務大臣、そして報告会のメインイベントである南米の鳥たちの解説付きスライドショーをプレゼンテーションしてくださった高円宮久子妃のほか、バードライフアジアのサポーターやゲストなど約50名が参集していた。この地球には10,000種ほどの鳥類がいること、そのうち1,200種くらいが絶滅を危惧されており、100種くらいは赤信号がともっているということ。猛禽類がどれだけいるかによって生物の多様性が確認できるということ、とても1頭1頭の状況など確認できないほどの広大な牧草地において、どこで子牛が生まれたかを知るにはコンドルの動きを観ていればわかるということ(子牛が生まれたあとの胎盤をねらってくるのだという)、このようなことが自然と人間の共生のあり方を示すひとつのわかりやすい事例だということ。そのようないろいろなお話を高円宮久子妃やクリスティ・ノザワ氏(バードライフアジア代表)からうかがうことができた。約2時間の報告会があっという間に過ぎた。

 

地域の少年スポーツ

投稿日時:2008年12月08日 16:00

12月7日(日)。横浜市の清水が丘競技場で横浜市小学生野球連盟の各区選抜大会があった。ぼくの長男も某区の選抜選手として出場したので観戦に行った。この大会は各地域のクラブチーム対抗戦とは異なり、原則として各区の6年生選手による選抜チーム同士の対戦である。したがって、ぼくは長男が所属しているチームを応援するのではなく、某区選抜チームの応援をすることになる。当然ながら、普段は違うチームの保護者や関係者とも同じチームの応援をすることになるのだが、実際には一緒に声をそろえて応援することはあまりなさそうである。それは日常的にチーム間の保護者・関係者の間での交流があまりないからであろう。決して“敵だから・・”ということではなく、交流する機会そのものがないのだ。近隣地域でのチーム間交流がそのような状況なのだから、遠方のチームとの交流は皆無と言っていい。保護者・関係者間だけではない。選手と他チームのコーチの交流もほとんどないはずだ。この高度情報社会にあって同じスポーツに携わっているもの同士の交流が少ないというのは何とももったいない話だ。地域を活力を高めていくうえでスポーツというのはとてもよいコンテンツであろう。そこに着眼した地域政策、地域間交流政策を推し進めていくというのも、おもしろいかもしれない。

 

クライマーズ・ハイ、沈まぬ太陽・・上野村

投稿日時:2008年12月03日 10:47

群馬県・上野村とのご縁が深まりつつある。「上野村」という名前は、御巣鷹山の不幸な事故で見知った。ぼくは事故当時の8月に近隣峰の御嶽山九合目にある「石室」という山小屋で“強力”としてアルバイトをしていたから、この事故には少々“えにし”を感じるところもあった。が、それからしばらくは忘れていた。もう5年以上前に「沈まぬ太陽」(山崎豊子著)を読んで記憶の中にあった「上野村」がまたよみがえった。そして今年に入ってはじめて8月に上野村を訪問し、11月にも再訪した。“えにし”が深まりつつある。今年映画化もされた「クライマーズ・ハイ」をまだ読んでいなかった。先日の上野村訪問に同行していただいたじゃらんリサーチセンターの沢登さんが「面白かったですよ」と進めてくれたので昨日購入し、電車移動時間を使って半分ほど読み進んだ。人口1,400人。ほとんど稲作ができない村。文字通り限界集落。そして、御巣鷹山の悲劇。上野村はぼくたち社会システム改革を志してそれぞれビジネスや非営利活動に取り組んでいる者たちにとって、特別な村、象徴的な村となった。読了したら、また感想を書きたい。

 

企業価値を高めるCSR経営(日経CSRシンポジウム)

投稿日時:2008年12月03日 10:30

日経CSRシンポジウム「企業価値を高めるCSR経営」に昨日(12/2)出かけてきた。会場のJAホール(東京・大手町)は古いタイプのホールだけに足下が狭く、ふくらはぎが鬱血していくのを実感した。エコノミー症候群・・。それはともかく、最大454名収容のホールは満席。CSRへの関心の高さがうかがえた。・・といってもその関心の角度は様々であろう。基調講演者の伊藤邦夫氏(一橋大学商学研究科教授)はCSRには「3つのレイヤーがある」と言っていた。三角形を三層構造にしたチャートの最下層に「コンプライアンス」、中層に「企業倫理」、最上層に「社会貢献」。なるほど、わかりやすい。法律だけ守ってりゃいい、いや法的義務がなくても企業市民として自発的に社会問題解決に寄与するべきだ、いやそれに留まらず、社会への直接的な関わりもって社会貢献に取り組むことが求められるのである。そういう意味に解釈した。CSRの研修等ではしばしば事例として取り上げられているマラリア防止のためのオリセットネット(住友化学(株))を例にとり、本業で社会貢献するのが最適解である、といった主張もされていた。ただし、ここで気を付けなくてはならないことがある。本業で社会貢献するというのは、「社会的に価値のある商品を提供する」ことそれ自体のことではない、ということだ。何らかの商品・サービスを提供するにあたって、その売り上げやレピュテーション、ロイヤリティをより向上させるうえで効果的な社会貢献活動に“経営行為の一環”として取り組むということである。オリセットネットとCSRないし社会貢献との関係のポイントは、オリセットネットがマラリア防止に優れた商品としてWHOに推奨されているということそれ自体ではなく、オリセットネットを現地生産することで現地雇用を生み出し、売上の一部を現地の教育環境整備に当てたりしているところにこそある。そうすることにより、同時に生産・物流コストを抑制したり、将来の消費市場を育成したりしているという点に経営的価値があるといえるのだ。伊藤教授の講演は比較的丁寧にその点を説明されていたが、続く特別講演やパネルディスカッションを聞いていると、「うちは本業で社会に役立っているから十分社会に貢献している」という解釈を誘ってしまいかねない内容のように感じてしまった。これじゃあCSRシンポジウムの意味が薄れてしまう。

 

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